科学コラム「THE WORLD OF CFD」 2003年4月11日 出版社/山海堂 18万部発行
筆者 矢口昌義
前回AUSTRALIA オーストラリアグランプリは、CFD(計算流体力学)と3次元システム開発の経緯についてお話した。
今回は、F1マシンのリヤウイングをテーマとしたい。複葉(2枚翼)のウイングで昨年(2002年)のマレーシアで観察されたフェラーリF2001を模した。この3次元モデルについて実際に流体解析を行ったので、リヤウイングの機能をCFDの世界からのぞいてみよう。
3D CAD Rear Wing
3次元CADによるモデリングを行った。(右図)
まずウイングとは、当然のことながら「ダウンフォースを得るため」に装備されるものだが、その原理形状には、大別して2つのタイプが存在する。そしてこの2つは、混在する場合が多い。1つめは飛行機の翼のごとく、ウイング翼の上面と下面の流速に違いを生じさせ、結果として生まれた圧力差でダウンフォースを得るタイプである。このタイプの特徴は、決定的に抗力(走行抵抗になる後ろ向きの力)が小さいことである。すなわち「低ドラッグ型」なのである。エンジニアは翼断面の形状(翼型)に工夫を凝らし、垂直方向に揚力(マイナス方向だが)のベクトルが発生するように努力する。しかし、このタイプが得られるダウンフォースは、比較的小さいものである。飛行機は、このタイプで「きちんと飛行している」が決定的にF1より速度が大きい。
圧力と流速(流線)/ウイング表面には、圧力分布を示した。
赤いほど圧力が高い。逆に青は負圧を示している。リボン状の流線は、気流の流れを示したもの。赤いほど流れが速い。
2つめは、空気の進路を変えて「風をはね上げて」ダウンフォースを得ようとするタイプである。走行中の車の窓から手のひらを出して迎角を与えた際に感じる力がこのタイプだ。前面投影面積が大きくなるので、抵抗は大きくなってしまうが、大気速度の遅いコーナーでダウンフォースが必要なF1には、うってつけの方法なのだ。実車の1/10程のスケールのラジコンカーのウイングを見ると、速度もF1マシンに比べて1/10程に低下するので、ほとんどの市販ウイングがこの2つめの方法のみを採用している。
原理的には、1つめの方法で発生してしまう抵抗の大きな原因の一つが「誘導抵抗」である。圧力の高いウイング上面から圧力の低い下面へと、翼端部から気流が流れ込もうとする。当然、気流は後ろに流れているので、渦を生成する。この渦が抵抗となるのが誘導抵抗である。湿度の高い日のレースで、F1マシンのウイング上端部の左右からそれぞれ内側回りの渦が目視される経験はないだろうか?この渦こそ正にそれである。
翼端板は、この渦を抑制するために存在する。もちろん、ウイングの取付ステーとして重要でもある。翼端板と同じ意味で航空機の翼端には、「ウイングレット」と呼ばれる小さな翼がほぼ垂直に上向きに装備されている機体がある。航空機のそれは、F1より更に進化した形状をしていて、誘導抵抗を打ち消す理屈も複雑である。
また、単なる1枚板でなく複葉にするには、明確な理由がある。それは、1枚だったウイングを切り分けたというイメージではなく、小さな翼が付加されたイメージである。これをフラップと呼ぶ。この隙間をもった小さな翼が重要で、主ウイング上面を流れる高圧力の気流が小ウイング(フラップ)の後面に速い速度で流れ込む。すると主ウイング下面の減速された境界層の気流を増速させ高いダウンフォースを発生させるのである。よくF1雑誌などでは「気流の剥離を防ぐ」処置として紹介される。
圧力断面/ウイングの中央断面の圧力分布を示した。赤いほど圧力が高い。上面の正圧が下面の負圧に引っ張られてダウンフォースを発生する。
それでは今回の解析事例について解説しよう。流体解析ソフトは「SCRYU/Tetra(テトラ)」を使用した。格子状の模様がみえる画像(体積メッシュの図)がウイング周辺の空気を要素に分割しているメッシュである。メッシュとはCFDでの解析に重要な手順で、この作業を行うことで、流体解析が可能になる。
体積メッシュ/3次元CADデータのウイング周辺の気体を三角錐に分割した様子。(右図)
解析結果から、昨年のマレーシアGP決勝レースで使用されたフェラーリF2001の複葉ウイング(実際にはそれを模したもの)が300km/hで走行した際に発生させるダウンフォースは318.7kgあり、発生させた走行抵抗は113.7kgであった。この走行抵抗を消費したエンジン出力に換算すると126PS。なんとウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要としているのである。300km/hという速度の物凄さがうかがい知れる。
F1マシンが粘土でくっついた様にコーナーを曲がることができるのは、質量を伴わない力、すなわちダウンフォースが318kgもあるからである。なぜならグリップ力=輪荷重×摩擦係数だからである。コーナー外側へマシンをふっ飛ばそうとしている遠心力からみれば、「ずるいぞおまえ!」と言いたいくらいだろう。
Pless-Ver 等圧面表示/ウイング周辺の気体の-100Paの等圧面を示した。下面に負圧を生じるが同時に翼端渦による両端部後の負圧が誘導抵抗を生んでいることが解る。
(右図)
今回のテーマは、リヤウイングに限定しているわけだから、フロントウイングやボディで発生するダウンフォースも加えれば、318kgが更に増えることになる。当然のように車体重量の600kgを超えてしまうことだろう。だから、あんなにゴツいタイヤが必要なのだ。
F1マシンの空力デバイスは、そのサーキットによって様々に変化する。いくらエンジン出力が800馬力あったとしても、リヤウイングだけで15%もエネルギーを消費してしまうのだから、ハイダウンフォースの必要ないコースレイアウトでは、低抵抗な空力デバイスが選択されるのは当然ということになる。その際には、前述の「1つめ」のタイプが活躍する。オーバルコースを高速周回するインディカーやCARTのウイングを観察すれば理解が深まるだろう。
ガーニーフラップや翼端板の切り欠き、そして今季から登場したマクラーレンの3次元的なデザインのリヤウイングについても回を追ってご紹介したいと思っている。
- CONTENTS -
1 | AUSTRALIA オーストラリアグランプリ | F1流体解析を可能にするテクノロジー | 2003.03.28発行 |
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2 | MALAYSIA マレーシアグランプリ | リヤウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要 | 2003.04.11発行 |
3 | BRAZIL ブラジルグランプリ | フロントウイングの地面効果を探る | 2003.04.25発行 |
5 | SPAIN スペイングランプリ | 翼端板“コーン状のくぼみ”の秘密 | 2003.05.23発行 |
6 | AUSTRIA オーストリアグランプリ | 空力評価とは実際にどうやって行うのか? | 2003.06. 6発行 |
7 | MONACO モナコグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ | 2003.06.20発行 |
8 | CANADA カナダグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ2 | 2003年7.4発行 |
16 | JAPAN 日本グランプリ | Williams FW24 の全体解析 | 2003.11.20発行 |
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