科学コラム「THE WORLD OF CFD」 2003年7月4日 出版社/山海堂 18万部発行
筆者 矢口昌義
前号のモナコGP号で、フェラーリF2001のフロントウイング全体の解析をご紹介しました。ホームページ(www.smith.ne.jp)には、私自身が信じられないほどのアクセスをいただきました。ありがとうございました。なかでもHP上に公開した流線の“アニメーション”が好評でした。
今回は、前回に引き続きフェラーリF2001のフロントウイングをさらに詳しく解説しようと思う。テーマは「アイデアを外さない努力」である。フェラーリは、みなさんご存知の通り1/1スケールの風洞を持っている。それを3交替で使って風洞による実測テストを行っている(らしい)。風洞においてトレーサー法(煙の線を流すやつ)を使って目視で空気の流れを観察しているときは、時系列を伴った“動画(アニメーション)”となる。
今回、ウイング下面に仕掛けられた、小さなかつ先端の曲がったプレートについて、その存在意義を確認したが、時系列をともなった観察をすることが非常に大切だった。
私が使用している「SCRYU/Tetra(スクリュー/テトラ)」(非構造格子系熱流体解析システム)では、これまでご紹介してきた流線の他にも「粒子追跡」という風洞では不可能な項目が観察できる機能が備わっている。
深く洞察をせずほんの少し観察しただけでは、この小さな曲がったプレートの役割は「見当違いの役立たず」である。しかし、時系列を考慮してウイング下面の高さ方向の流れを観察すると「実に効果的」な形状と配置がなされていることが解る。
CFDという手段を持たないで、感覚的に空気の流れを予想すると、時速300kmというスピードの空気が鉛筆で矢印を書いたように流れると思ってしまう。しかし実際には、そうは流れないのである。前号でもご紹介したように、フェラーリF2001フロントウイングの機能として強烈な気流のレーンチェンジ、つまり進路変更が行われていたが、この働きは主にウイング下面が発生させた「負圧が周りの気流を吸い寄せて曲げる」というメカニズムである。そしてピンスポットを狙うような手段には、翼端渦が利用される。こちらのほうが鋭角なレーンチェンジが可能で、速度の変化にも鈍感だから広い速度域でその効果が狙える。またウイング下面の小さな曲がったプレートは、フロントブレーキダクトの口を狙い気流を導く役割を持つ(画像??参照)。そのため主に300km/hで作用するのではなく、全速度域で効率よくダクトを狙う必要がある。ストレートを疾走する間フロントディスクは、まったく発熱していない。まったくというのは少し語弊があって、ディスクパッドのプリロード分の摩擦熱は発生させている。しかしそれは、ごくわずかだと考えられる。コーナー手前で強くブレーキングを行うと、ブレーキディスクは真っ赤になるほど発熱する。車体やドライバー、それと燃料すべての質量が持つ慣性エネルギーを熱エネルギーに変換するのだから当然である。その許容量はブレーキディスクの体積に依存するが、その程度では足りないのである。そこで効率良く意図的に、冷却風をブレーキディスク内のベンチレーションへ通過させて熱を奪う必要があるのだ。あの小さな曲がったプレートは、どれくらいハードブレーキングできるかの鍵になっているのである。そのデザインにおいて重要なのが「風洞実験でのトレーサー法」である。実際に1本の煙の線をウイング下面のプレートのある辺りに漂わせる。素直にダクトの入り口に吸い込まれていけば、そのデザインは正解である。
しかし、CFDでは更に詳細な事実も確認することができる。「粒子追跡」といって数値風洞の入り口に空気としての物質を想定した粒子を好きなだけ配置する。そして動画を計算すると時間経過にともなって粒子がウイングに向かって移動していく。定常の観察では観ることのできない「同じ時に同じ場所をスタートした粒子の速い遅い」を観察できるのである。今回、この小さな曲がったプレートの意図を見破るには、この方法が実に役に立った(画像参照)。
前回までのThe World of CFDの内容から、「CFDでどんなことが観察できるのか?実際にディスプレイを前にして観たい」という内容のメールをメールマガジンにご登録いただいた方から頂戴した(メルマガはHPより登録可能)。いちばん大きく掲載された画像「表面ベクトル画像」をご参照いただきたい。これはSCRYU/TETRAのポスト機能のごく一部だが、ウイング表面のベクトルを現す機能である。ベクトル方向だけでなく、流速の違いを矢印に色づけ表現することもできる。このベクトル矢印がアニメーションとして動きながら流体の様子を試験者に示してくれる。ウイング下面のプレート後端の下側で、遅い流れが渦を巻いているのが見えるだろうか?この部分の圧力は大変に高くなっていて、このプレートが生む空気抵抗を減少させることに一役かっている。実に巧みな「フェラーリの空力デザイン」である。
CFDの可能性をより深く理解していただくために、また「THE WORLD OF CFD」連載も7回を数えましたので、その記念に、名古屋で発表会を開きたいと思っています。日程や会場等はホームページでご案内させていただきますが、当日は、流体解析の実際の作業をご覧いただき、参加者の皆様からの質疑にできる限りお答えしたいと思います。
- CONTENTS -
1 | AUSTRALIA オーストラリアグランプリ | F1流体解析を可能にするテクノロジー | 2003.03.28発行 |
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2 | MALAYSIA マレーシアグランプリ | リヤウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要 | 2003.04.11発行 |
3 | BRAZIL ブラジルグランプリ | フロントウイングの地面効果を探る | 2003.04.25発行 |
5 | SPAIN スペイングランプリ | 翼端板“コーン状のくぼみ”の秘密 | 2003.05.23発行 |
6 | AUSTRIA オーストリアグランプリ | 空力評価とは実際にどうやって行うのか? | 2003.06. 6発行 |
7 | MONACO モナコグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ | 2003.06.20発行 |
8 | CANADA カナダグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ2 | 2003年7.4発行 |
16 | JAPAN 日本グランプリ | Williams FW24 の全体解析 | 2003.11.20発行 |
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