科学コラム「THE WORLD OF CFD」 2003年6月6日 出版社/山海堂 18万部発行
筆者 矢口昌義
流体関係のモノには、「よく考えてあるなぁ!」と感心させられるモノが多い。扇風機のプロペラや船のスクリューなどだ。しかしF1のフロントウイングほど、強くそう思ったモノは他に例を見ない。スペイン号でも話したが、フロントタイヤはF1マシンの中でもっとも空力的に良くないカタチをしている。そのフロントタイヤを避けるように、フロントタイヤに向かう空気の流れを直前で「ヨッ」と見事に曲げている(画像?)。
さらに特筆すべきは、ウイング下面の流れほど大きく内側に曲げられている点である。この促進作用が後にディフレクターを必要とさせる。それは、フロントウイングの後部流は上向きに流れるためラジエターへの流量が確保しづらいからだ。ここが、ジレンマを発生させるポイントで、フラップである第3翼の形状は、できる限り翼弦長を長くしたほうがダウンフォースが大きくなる。しかしハイノーズの下に装備されるために長さが制限される点と前述の後部流のはね上げが好ましくない点がある。
タイヤがボディに覆われたグループCカーとは違い、タイヤがムキ出したF1マシンだが。それは悪いことばかりではない。まず非常に低抵抗ながら大きなダウンフォースが得られる形状のフロントウイングが装着しやすいこと、そして恵まれた位置にフロントウイングが配置できることである(ベンチュリ効果が得られる。ブラジル号参照)。この2点の長所を活かしつつ、タイヤがムキ出しという短所を補っているのが、最近の翼端板である。
小さな工夫の数々を観ていこう。CFD(流体解析)のモデルとしたのは2001年のフェラーリF2001だが、まず第3翼の上部後端に装着された「ガーニーフラップ」について、この小さな衝立は、翼上面の圧力を高める働きをしている。画像?の圧力分布から明らかなようにガーニーフラップ(衝立)前部の圧力分布が高くなっている。三角の山の形になっているのは、第3翼のもっとも広い部分の圧力分布を高めながらも抵抗を増やしたくないからだ。なぜなら、フラップのアタックアングルを上げるよりは走行抵抗が少ないとはいえ、ガーニーフラップも走行抵抗を著しく増大させるので必要最小限に止めたいのだ。その三角の頂点部分の圧力断面が画像?である。ガーニーフラップがなければ薄黄緑色の部分の面積はもっと狭くなってしまう。
画像?はベクトル方向の流速を示したもので、3枚の翼の流速を色別に示している。今回の流体解析の実験速度は83.33m/s(300km/h)である。赤はその1.5倍の125m/s(450km/h)、青はその半分の42m/s(150km/h)である。第1翼の下面では見事に真っ赤になっていることが解る。1.5倍の450km/hにまで流れが加速されている。逆に上面では、真っ青の150km/hになり、なんと下面と上面の速度差は300km/hに達する。フェラーリF2001のフロントウイングは優秀な「空気のレンズ」とでも言うべき効果を生みだしている。
空気の流れは、「ベルヌーイの式」によって流速が速ければ圧力は小さく、遅ければ高い。よって画像?の圧力分布が示すようにウイングの上面は、赤系の色が分布し逆にウイング下面では、青系の色が分布している。赤が4000Pa(パスカル。応力の単位)、青が6000Paであるから第1翼の前縁では、10,000Paもの圧力差っが生じている。ただ日常的にピンと来る単位のkg/cm2に換算するとあまり驚く値には感じられない。ただ3枚の翼の総面積をかけるとフロントウイングが300km/hで走行する際に発生させるダウンフォースは408.3kgにも達する。その際の走行抵抗は、100.7kgであり111.8馬力を消費している。しかしリヤウイングと揚抗比で比較するとかなり効果が良い。その原因は、マレーシア号でも述べたウイングタイプの違いにある。背後に控えるブレーキダクトやラジエター、そしてリヤウイングに可能な限りきれいな流れの空気を与えなければならないため、対気速度が遅い場合にもある程度のダウンフォースを確保できる「はね上げ型」のウイングばフロントには使えないからだ。よってフロントウイングには、飛行機の翼と同じような「翼断面型」タイプが採用されている。
今回、やっとフロントウイング全体の流体解析事例をご紹介できたが、今後はフロントタイヤも含めたフロント周り全体の解析事例もご紹介する予定です。また、ハイマウントノーズがなぜ四角断面なのか?についても回を追ってご紹介していと思います。
- CONTENTS -
1 | AUSTRALIA オーストラリアグランプリ | F1流体解析を可能にするテクノロジー | 2003.03.28発行 |
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2 | MALAYSIA マレーシアグランプリ | リヤウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要 | 2003.04.11発行 |
3 | BRAZIL ブラジルグランプリ | フロントウイングの地面効果を探る | 2003.04.25発行 |
5 | SPAIN スペイングランプリ | 翼端板“コーン状のくぼみ”の秘密 | 2003.05.23発行 |
6 | AUSTRIA オーストリアグランプリ | 空力評価とは実際にどうやって行うのか? | 2003.06. 6発行 |
7 | MONACO モナコグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ | 2003.06.20発行 |
8 | CANADA カナダグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ2 | 2003年7.4発行 |
16 | JAPAN 日本グランプリ | Williams FW24 の全体解析 | 2003.11.20発行 |
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