科学コラム「THE WORLD OF CFD」 2003年5月23日 出版社/山海堂 18万部発行
筆者 矢口昌義
サンマリノGP号では、お休みを頂きました。今回は、フロントウイングとフロントタイヤといったフロント周りの流体解析について過程をご紹介したい。
前回のブラジルGP号では、フロントウイング第一翼の地面効果について記したが、フロントウイングは、リヤウイングとは違い車体がもっとも最初に大気に触れる「層流」の中に置かれたウイングである。複雑な車体形状で撹乱されて「乱流」となった空気の中に置かれるリヤウイングとは、かなり事情が違ってくる。
もうひとつ、複雑な形状をした翼端板が装備されていることも特徴である。まあ、よくもこんなに複雑に・・・・・と呆れる程に複雑だ。直後に控えるフロントタイヤを考慮するのは当然だが、フロントタイヤの内部には「もうひとつのコーナリングの主役」であるフロントブレーキが納められている。ブレーキングとは車体が持つ慣性エネルギーを熱エネルギーに変換するコンバータだと思ってよい。その発熱体であるディスクロータの体積が許容できるブレーキング能力に相当する。ただ、どんどん熱くなっていいわけがないから冷却する必要がある。その役目を担うのがフロントタイヤ内側に、フェラーリでは遠慮ぎみに装備されたインテークから導入される冷却風である。なぜ控えめな開口面積なのかは、今後のテーマとして残しておきたい。
タイヤというひとつのパーツは、マシン全体の中でもっとも空力的に非合理な形をしている。上から見れば四角いし、横から見れば丸い。丸くなければ転がらないから仕方がないが、とにかく空力的には良くない形である。そんなタイヤに当たってしまう気流をどうにか整流しようと翼端板の外側には、精いっぱいのファンが装備されている。そして翼端板自体も外側に大きくカーブしている。これを補助するかのようにフロントウイング下面には、翼端板と同じ形状をしたフィンが装備されている。このように合計3つもの整流装置でフロントタイヤへの気流を制御しようとしている。
解析画像の1は、期待ハズレの整流フィンである。各チームとも面積をさらに拡大しているが、大した整流効果は得られていない。しかし、別の視点で見ると効果が大きい。わざと翼端渦を発生させて、気流を時計回りで下側に巻き込めば、ブレーキへのインテークを直撃できるのだ。よってこのフィンはフロントタイヤの整流板ではないと考えられる。
解析画像の2が翼端板の主役である「内側のコーン状のくぼみ」の解析である。この「くぼみ」の効果は大変に大きなものである。今回の解析は毎月2回の現行の締め切りに間に合うように翼端板単体で解析したが、実際には複葉のフロントウイングが内側に装備される。よって流れは更に加速されたものとなり効果も顕著になるだろう。
原理としては、こうだ。くぼんだ部分が流路を長くさせて流速が速くなる。するとその部分の圧力が低くなる(画像4参照)。圧力が低くなれば、周りの空気を呼び込む。するとフロントタイヤを避けるように内側に進路を変える。こうした狙いがあることは明白で、それが証拠に「コーン状のくぼみ」の外側の縁には、ガーニーフラップまで装着されている。内外の圧力差の拡大を狙っての措置である。ガーニーフラップとは、ウイング等の後ろ端の上側に装備される小さな衝立のことである。ほんの小さなこの衝立が高圧側の圧力著しく増大させる。ウイングの場合は高圧側の面であれば、前端でもよく似た水準の効果を発揮する。
この「コーン状のくぼみ」の仕組の狙うところが、解析画像3の粒子追跡によって明らかになる。誌面ではアニメーション表示できないことが残念だが、詳細はwww.smith.ne.jp を参照されたい。アニメ画像がアップしてある。
さらにたくみなのは、この「コーン状のくぼみ」は上に気流を跳ね上げる。その流れは翼断面の形状をした翼端板外側の流れと合流するように工夫されている(画像5参照)ことだ。
このように翼端板の「コーン状のくぼみ」を各チームがもれなく採用するには、明確な理由があったのである。しかし、上位のチームのそれと下位チームのものでは、形状検討の詳細さに差異があることは否めないだろう。
今回まで、全て曲面をもったウイング経常の流体解析を行ってきたが、これらの解析を可能にしているのが、3次元CAD/CAEのテクノロジーである。また、その膨大な計算量を高速で処理できるCPUの存在も欠かせない。ただ、F1流体解析をここまで進めてきて既存の32bitのシステムでの限界を迎えつつある。
今後、さらに複雑大規模の流体解析が実行できるようにWindowsOSの64bit化を進行中である。「日本ヒューレット・パッカード株式会社」のご協力をいただき最新の「Intel Itanium 2」プロセッサを搭載したワークステーション「hp workstation zx6000」による解析事例をご紹介できる日も近いだろう。
また、私設HPでメールマガジンへのご登録を募ったところ、たくさんの皆様からご登録をいただいた。なかには、非常に専門的な質問を下さる方もいらして返答に困ってしまうほどだった。The World of CFDの執筆期間中は、このメールマガジン活動をずっと継続するつもりでいるので、より多くの皆様のご参加をお待ちしています。
- CONTENTS -
1 | AUSTRALIA オーストラリアグランプリ | F1流体解析を可能にするテクノロジー | 2003.03.28発行 |
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2 | MALAYSIA マレーシアグランプリ | リヤウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要 | 2003.04.11発行 |
3 | BRAZIL ブラジルグランプリ | フロントウイングの地面効果を探る | 2003.04.25発行 |
5 | SPAIN スペイングランプリ | 翼端板“コーン状のくぼみ”の秘密 | 2003.05.23発行 |
6 | AUSTRIA オーストリアグランプリ | 空力評価とは実際にどうやって行うのか? | 2003.06. 6発行 |
7 | MONACO モナコグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ | 2003.06.20発行 |
8 | CANADA カナダグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ2 | 2003年7.4発行 |
16 | JAPAN 日本グランプリ | Williams FW24 の全体解析 | 2003.11.20発行 |
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