科学コラム「THE WORLD OF CFD」 2003年4月25日 出版社/山海堂 18万部発行
筆者 矢口昌義
前回のリヤウイングの流体解析事例では、時速300km/hで走行する際、ウイングが強大なダウンフォースを得ると同時に空気抵抗を発生させている事実にふれた。今回は、フロントウイングについて、それも地面からウイング下面までの高さについて実際に流体解析して解説したい。
Benedek 8358B。航空機の代表的な翼型のひとつ。
XY座標によって厳密に定義されている。(右図)
F1のレギュレーションでは、地面からウイング下面までの高さについて「100mm以上の隙間が必要」と規定されている。理由は、ウイング効果を高めるために各チームはフロントウイングの取り付け高さを地面すれすれまで低く下げていたが、コーナリング速度が高くなりすぎたと判断したFIA(国際自動車連盟)はダウンフォースを減らす方策のひとつとして、フロントウイング取り付け位置をより高く規定したからだ。現在の規定は2001年から施行されている。
ウイング表面には、圧力コンター(*4)とメッシュを表示した。赤いほど圧力が高くなる。流線は、流速コンターを表示。赤いほど流速が大きくなる。(右図)
このルールには、ほんの少し抜け道があって車体中心線から左右にそれぞれ幅150mmび範囲は、地上高さ50mmまでウイングを下げて良い。この部分はウイングを含むフロント・ボディーワークの規定外になっているからだ。だからフロントウイングが中央部だけ湾曲したり、階段のように中央部だけ一段下がっているマシンがF1を走っているのだ。ただ、別の理由としてノーズ下の開口面積を確保したいという意図もあるかもしれない。また、今シーズンに入って、“ステップド・ウイング”とも呼ばれる中央部分が一段下がっているウイングを採用するのはミナルディのみとなっており、極端なスプーン形状のウイングを採用するチームも少なくなっていることも事実である。
さらに後述の解析事例のように地面高を低くしてダウンフォースが得られるからといって、ただ単純に低くできない理由として、フロントウイングが車体の空力中心(*1)からもっとも遠く離れているからとも推測できる。近年のマシンは、「マスの集中化」を重視しており重量的なモーメントを軽減し回頭性を向上させ、さらに重心と空力中心を一致させる目的があるものと思われる。
このあたりが、「レーシングカーデザイン」の難しいところで、速度に見合ったウイングの翼断面形状を求める場合は、「より大きなダウンフォースを!」と試行錯誤するだろうし、のちにマシーン全体のトータルコーディネートに備えて「形状をどう変化させれば、数値がいくら変化するのか?」を傾向として把握しておく必要がある。これらの作業においてCFDの役割は大きい。
今回は、ウイングの設置高さを50mm下げただけで「そんなに違うのか?」と思えるぐらいの効果の違いを、流体解析によって明らかにしたい。比較を明確にするために真っ直ぐな単純な形状のウイングを解析モデルとした。縦横寸法の根拠は、FerrariF2001のフロントウイングの第一翼のサイズを模した。断面形状は代表的な航空機の翼型(翼断面)のひとつ「Benedek8358B」(図参照)の相似形とした。
路面からの高さは25mm、50mm、100mmの3種で流体解析を行った。もちろん25mmは規則違反だが、比較を明確にするためにあえて加えた。流速は83.33m/s(300km/h)とした。コーナリング中の速度は、実際にはもっと小さいが前回のリヤウイング解析との比較のため、あえてこの速度を採用した。数値風洞の断面は1100×4000とし、今回の解析は相対的な比較が目的であったため、「ベッツ/ケリーの修正式」(*2)などのブロッケージ効果(*3) の修正式は適応しなかった。
ウイング断面の圧力コンター(*4)を表示した。上から地面高さ100mm、50mm、25mm。高さが低くなるほど「強い負圧」が発生していることが解る。
左Y軸にダウンフォース、右Y軸に空気抵抗を標した。ウイング設置高を下げていくと、どちらも地上高50mm付近から急激に増加することが解る。(右図)
地面効果を調べるために重要な路面の運動は、ムービングベルトと同じく83.33m/sで後ろ向きに運動させ、路面の粗さは凹凸を無視した「滑面」とした。実際のコース表面の凹凸を考慮することは、現代のCPUの計算処理能力では不可能なためだ。
グラフをご参照頂きたい。地面からウイング下面までの高さが近くなるほどダウンフォースは増大している。3点の解析値への線形近似で恐縮だが、10mm下げればづんフォースは5.23kg増大する。今回は、第一翼のみの解析だからウイング面積は、この約3倍である。よって単純計算では50mm下げればダウンフォースは75kg増大することになる。「コーナリングスピードが高くなりすぎる」として制限を受けるのも止むを得ない。
また、さらに解析範囲を広めた場合に50mmあたりから急激にダウンフォースが増加する変局点が認められた。これは最低地条項を規定するために設けられたボディ下面の「ステップボトム」の厚さ(高さ)も50mmである。94年以降のダウンフォースを制限する措置の裏付けには、これらの明確な実験値が採用されたのだろう。
F1ウイングの場合は、このダウンフォースの増加に伴い空気抵抗も増加する。これら地面効果に似たような現象は、F1のウイングを逆さまにした鳥や航空機の翼に観ることができる。この場合は「表面効果」と呼ばれる場合が多いようだが、F1ウイングの逆さまであっても地面との距離が近づけば「揚力が増大」する。そしてこの場合の空気抵抗は減少する。天地が逆のF1ウイングと違うところである。
空気抵抗が減り、揚力が増大した状況は、動物ドキュメンタリー番組などで、水面ギリギリを滑走する鳥の姿に見ることができるし、グライダーのパイロットの証言に着陸寸前に地面が近づくとなかなか着陸できない「地面効果」を体感するという話がある。
これらの解析結果が証明するように地面と空力デバイスの「すき間」は、発生させるダウンフォースに大きな影響力をもつ。2回に渡ってフロントとリヤのウイングをテーマとしたが、F1マシンに全体のダウンフォースの実数は、恐らくリヤウイングのそれの数倍はあったハズだが、ルールによってその力を削がれている。これについては、回を追ってボディ編で解析事例をご紹介したい。
なお、今回までの解析事例についての解析条件などの各パラメータは、本誌GRAND PTIX SPEED-Fの誌面では、より多くの読者の方に読んで頂けるように学術的な記述はあえて避けている。より多くの研究者、またエンジニアの皆様からのご指摘をお待ちしております。
*1空力中心
質量の中心が「重心」であるように空気力(主に圧力)の作用の中心点のこと。
*2ベッツ/ケリーの修正式
風洞測定部と壁と測定対象との距離を変えた場合の空力係数の変化が得られた方程式
*3ブロッケージ効果
風洞測定部(CFDでは解析領域)を壁面で閉じている場合、測定に及ぼす影響のこと
*4圧力コンター
圧力分布を色相で可視化した表現方法。
- CONTENTS -
1 | AUSTRALIA オーストラリアグランプリ | F1流体解析を可能にするテクノロジー | 2003.03.28発行 |
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2 | MALAYSIA マレーシアグランプリ | リヤウイングの抵抗に打ち勝つだけで126馬力も必要 | 2003.04.11発行 |
3 | BRAZIL ブラジルグランプリ | フロントウイングの地面効果を探る | 2003.04.25発行 |
5 | SPAIN スペイングランプリ | 翼端板“コーン状のくぼみ”の秘密 | 2003.05.23発行 |
6 | AUSTRIA オーストリアグランプリ | 空力評価とは実際にどうやって行うのか? | 2003.06. 6発行 |
7 | MONACO モナコグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ | 2003.06.20発行 |
8 | CANADA カナダグランプリ | フロントウイングはまるで空気のレンズ2 | 2003年7.4発行 |
16 | JAPAN 日本グランプリ | Williams FW24 の全体解析 | 2003.11.20発行 |
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